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名古屋地方裁判所 昭和36年(ワ)270号 判決 1961年12月18日

原告 伊藤美恵子

被告 倉敷紡績株式会社

主文

原告が被告の従業員であることを確認する。

被告は原告に対し昭和三五年三月七日から被告が原告に就労させるに至る迄毎月末日金一〇、三四〇円宛を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

本判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として

一、原告は昭和三二年三月島根県簸川郡佐田村窪田中学校を卒業すると同時に被告会社安城工場の従業員に雇われ、以後同工場に勤務していたところ、被告は昭和三五年三月四、五日頃原告名義の退職願(同月七日付)が被告に送付されたとして原告を依願退職の形式で解雇し、原告が同年三月二一日同工場において就労を求めたに対し、同工場勤労課福元健は前記の退職願に基き退職となつているから就労させることはできないと述べて、原告の就労要求に応じない。しかしながら右退職願は原告の全然関知しないところであつて、原告は被告から依願退職の取扱を受ける理由がない。

二、原告が被告から右の如き取扱を受けるに至る迄の経過は次のとおりである。原告は昭和三五年二月一一日島根県簸川郡佐田村に居住する原告の父訴外伊藤功から「ハナシタイコトアル、ミチコオ、サソツテアスバンマデニカエレ」との電報を受けたがその頃友人であり被告安城工場に勤めていた訴外水谷和子から同訴外人が同年二月六日静岡県在住の親に電報で呼びつけられ帰郷したところ、被告安城工場勤労課福元健及び被告静岡出張所の職員二名に「共産党と関係している赤だ」とせめたてられて退職を強要されたことを聞いていたので帰郷しなかつたところ、同月一二日原告の父から再び「タツタカ、スグカエレ」との電報を受け取つた。しかし原告が帰郷しなかつたので、原告の父は福元健及び被告島根県出張所長上山某の依頼により同月一三日夜上山某と共に安城市に来り、翌一四日原告、原告の父及び安城市在住の原告の姉訴外伊藤美智子の三人で話し合つた際、原告の父は原告に対して「会社でやめてくれと言つているのに、お前が働きたいと言つても仕方がないから退社した方がよい、今のまま働いても毎日にらまれていなければならないのだろう。親としてそんなところに子供をおくと家からも遠いし毎日心配だから退社してくれ」と述べた。その翌一五日原告は原告の父と共に右上山某に面会した際、同人は原告に対し「原告の父は島根県で村長まで勤めた人であり、この父親の顔に傷のつくようなことをするな。原告を会社では使う気は全然ないから退社しないか」というような言葉で退職を勧告し、原告がこれを拒絶するや、「原告が赤だと島根県の学校や父兄に公表する。父の顔にも傷がつき後輩や弟達の就職にも支障をきたす」と大声で怒鳴つた。同席した原告の父は両者のやりとりに困つて原告に一旦帰郷するよう懇願したので、原告はやむなく、帰郷中の原告の行動の自由を認めること、被告会社の人とは会わないこと、外泊期間内に安城工場に帰るのを認めることの三条件を承認して貰つた上、被告安城工場に外泊証と休暇届(自昭和三五年二月一五日至同年二月二〇日)を出して同年二月一五日帰郷した。

帰郷後父との右約束は履行されず、父は原告に対して連日退社を強要し、休暇期限が迫つて来たのに会社へ帰らしてくれそうにもないので、原告は同月一八日安城市に帰るため家を出たところ、途中親戚の者に会い連れ戻された。同月二〇日外泊届の期限が切れるので原告は被告安城工場宛「スコシ、オクレマス」との電報を打つた。同年三月三日原告は家を出て途中一泊し、安城市に帰るため汽車に乗つたところ、父から捜査願が出されていたため鳥取警察署留置場に連行されてそこで一夜を過し、父と姉に迎えられて郷里に連れ戻された。同月一四日原告は被告との関係が心配になり家人に無断で家を出て、同月一六日安城市に着き、友人から原告の父が三月九日付で被告安城工場に退職願を提出したことを聞かされて驚いたのである。

原告が帰郷中に原告の母から聞いたところによれば、同年二月一〇日頃前記福元健及び上山某が原告の父を訪れ、「原告は日本民主青年同盟に加入している。これは赤だ、原告は外出が多く屡々寮の窓から飛び出して外出する。静岡の水谷和子は自分の行く途が間違つていたことを認めておとなしく退職していつたから、原告も同様にやめて貰いたい」旨述べて、原告の父に前記帰郷を求める電報を打つように依頼し、又後日電話で何故早く退社届を出さないかと叱りつけたとのことである。右上山某は原告が赤だということを公表しないと約束したのに、中学校の先生に喋つたらしく、中学三年生の原告の弟卓一は校長に呼びつけられ「姉さんに話があるから来てくれ、今後中学校の就職はどうなるんだ」といわれた旨原告に語つたことがある。

三、原告が被告安城工場における就労によつて得た賃金は、昭和三四年一一月二一日から同年一二月二〇日迄の分金一四、八六八円、昭和三四年一二月二一日から同三五年一月二〇日迄の分金八、五二七円、昭和三五年一月二一日から同年二月二〇日迄の分金七、六三六円であつて、右三ケ月間の平均賃金は金一〇、三四三円(円以下切捨)であるところ、原告は就労の意思があるのに被告の不法な解雇取扱により就労を妨げられているのであるから、被告は原告に対し毎月末右平均賃金額の支払をなす義務がある。

四、よつて原告は被告に対し原告が被告の従業員であることの確認及び再就労に至る迄の毎月末右平均賃金額金一〇、三四〇円の支払を求める。

と述べた。(証拠省略)

被告訴訟代理人は、本案前の抗弁として訴却下の申立をなし、その理由として、原告は本件訴提起当時未成年者であるところ、未成年者が独立して訴訟行為をなし得るのは民事訴訟法第四九条労働基準法第五九条により自らの賃金請求に関する訴訟行為のみに限られ、労使間に解雇の効力につき争ある場合に未成年者が自ら解雇無効確認乃至地位存在確認の訴を提起することは前記の如き未成年者に例外的に認められた訴訟行為能力の範囲を越えるものであるから原告の本件請求は訴訟能力のない者がなした訴提起として却下すべきものである。と述べ、

本案に関して「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対し、

原告が昭和三二年三月原告主張の中学校を卒業すると同時に被告安城工場に入社したこと、被告が原告名義の退職願に基き依願退職の手続をつたこと、被告の元従業員訴外水谷和子が退社したこと、昭和三五年二月一三日原告の父が被告会社の上山、福元と共に安城市に来たこと、同月一五日原告、原告の父、上山が懇談したこと、同日夜原告が被告に二月一六日から同月二〇日迄の欠勤届を出して原告の父と共に帰郷したこと、二月二〇日頃被告安城工場女子寄宿舎宛に「スコシオクレル」との電報が来たこと原告の賃金額が原告主張のとおりであることは認めるが、原告の父が原告に帰郷を求める電報を打つたこと、帰郷後原告の父が原告に連日退社を強要したこと、原告が二月一八日安城市に帰る途中で連れ戻されたことは不知、その余の事実は否認する。被告は昭和三五年三月一〇日被告島根県出張所から被告安城工場に回付された原告の同年三月七日付退職願及び原告の父の被告宛文書を受領し、右原告の父の文書により原告の退職の意思が明らかであることを確認した上右三月七日付をもつて依願退職の手続をとつたものである。

と述べた。(証拠省略)

理由

まず被告の本案前の抗弁について判断するに、成立に争のない乙第二号証の記載及び原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和一六年一〇月一八日生であつて、本件訴が提起された昭和三六年二月二五日当時は未成年であつたことが認められるが、本件訴訟係属中である昭和三六年一〇月一七日を経過することによつて満二〇年となり、訴訟能力を取得したものであつて、仮りに未成年者には本件訴提起の訴訟能力がないとの論をとるとしても、弁論の全趣旨によれば成年に達した原告が本件訴訟を追行する意思であることが明らかであつて本件訴提起行為を追認したものと認められるから未成年者が本件訴を提起し得るか否かの論にかかわりなく、原告の本件訴提起は適法なものである。よつて右本案前の抗弁を却下する。

そこで本案について判断する。

一、原告が昭和三二年三月中学校を卒業すると同時に被告安城工場の従業員に雇われたことは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第二号証及び証人伊藤功の証言によつて成立の認められる乙第一号証の一乃至三の各記載並びに右証言によれば、原告の父伊藤功が原告名義で昭和三五年三月七日付退職願を作成して被告に送付したこと、これに基き被告が原告につき昭和三五年三月七日付で依願退職の手続をとつたことが認められる。

二、右退職願が原告の意思に基くものであるか否かについて判断するに、成立に争のない甲第一号証、第二号証の一、第三号証の一、第四号証の一、第五号証の一、原告本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第二号証の二、第三号証の二、第四号証の二、第五号証の二の各記載、証人伊藤功、同伊藤美智子の各証言(いずれも一部)及び原告本人尋問の結果によれば次の事実を認めることができる。

(一)  原告は中学校卒業後直ちに昭和三二年三月二六日被告安城工場の従業員に雇われたが、間もなく左翼グループと交際し日本民主青年同盟(民青)に入つて活動するようになつたので被告安城工場においてはこのような原告の行動を島根県在住の原告の父伊藤功に知らせ、被告島根出張所長上山金治を通じ原告の身柄を引き取ることを求めた。そこで原告の父は実情を知るため二度にわたつて電報で原告に帰郷を求めたが、その頃原告は被告安城工場の従業員であつた訴外水谷和子より、同訴外人が郷里からのすぐ帰れとの電報で帰郷したところ、両親及び被告安城工場勤労課係員福元健らに民青への加盟、緑の会その他外部のサークルへの出入りを理由に退職を余儀なくされたように聞いていたので、帰郷しなかつた。

(二)  そこで原告の父伊藤功は被告島根県出張所から原告のことで話し合いたいので安城工場へ出かけてくれるよういわれ、自らも原告の実情を知るべく右出張所長上山金治及び前記福元健と共に昭和三五年二月一三日夜安城市に来た。翌一四日原告の父は原告及び原告の次姉伊藤美智子と共に原告と活動を共にしている訴外浅井満方を訪れ、そこで原告のグループの者数名をまじえて話し合いをしたが、その結果原告の父はグループの活動傾向、原告の思想等に懸念すべきものを感じた。更にその翌一五日原告、原告の父及び前記上山金次は被告安城工場面会室で話し合つたが、そのとき上山金次は原告の左翼活動を非難し、原告に対し親の立場も考えて善処するように求め、原告の父も原告に退社して帰郷するように述べこれに対し原告は「自分は何等悪いことはしていないのだから考える余地はない。」と答えて上山や父の申出に応じなかつた。そこで原告の父は家の方でも心配しているからひとまず帰郷するよう求め、その結果休暇期間中に安城に帰ることを条件として原告は同年二月一六日から同月二〇日迄の休暇届を出して原告の父と共に同一五日夜安城市を出発して帰郷した。

(三)  帰郷後、原告の父や家族の者は原告に退社することを勧め、原告が安城に帰らないよう見張つていたが原告は安城へ帰ることを強く希望し、同年二月一八日には安城へ赴くべく無断家出して最寄りの駅に向つたが、途中で親戚の者に発見されて連れ戻されたので休暇期間中に安城へ帰れなくなつたため無断欠勤の事由で解雇されることをおそれて被告安城工場宛に電報で帰りが少し遅れる旨を通知し、同年三月三日夜には再び家を飛び出して翌四日安城に向つたが、家人より捜査願を出してあつたため、汽車の中で鉄道公安官に発見されて鳥取警察署に保護され、迎えに来た父及び長姉伊藤淑子に引き取られるような状態であつた。

(四)  同年三月六日原告は長姉伊藤淑子と共に鳥取警察署から家に帰る途中同日原告の次姉伊藤美智子が帰郷するというので出雲駅に出迎えたところ、駅頭で原告は姉美智子から会社をやめることを勧められ、帰宅後同日夜右美智子及び原告の長姉淑子の両名は原告の父の意向を受けて、原告に対し退社帰郷すべきことを極力説いたが、原告はこれに応じなかつた。両名の説得は翌七日も引き続いて行われたが、その間原告は自分の希望を認めてもらえないので一時は投げやりな態度を示したこともあつたけれども、両名のいうところに心から応じることはなかつた。原告の父は原告のこのような態度をみて到底原告に自発的に退職を表明させることは難しいものと考え、原告の帰郷後被告島根県出張所を訪れた際同出張所から貰つてあつた退職願の用紙に同月七日原告本人の意思を確めることなく自ら原告の名を書き込んで捺印し前記昭和三五年三月七日付退職願を作成し、同日これを封書に入れて投函し被告会社に送付し、その後においても右退職願を作成送付したことを原告に伝えるところはなかつた。

(五)  原告は右七日以降も安城へ帰り被告安城工場で働く意思を捨てず、手紙で安城市の友人に父が安城へ帰してくれないことについて苦衷を述べたりしていたが、同年三月一四日家人の隙を見て家出し、同月一六日安城市に帰り、始めて友人から原告名義の退職願が被告に提出されていることを知らされたものである。

(六)  右認定に反する前記乙第一号証の三の記載及び証人伊藤功、同伊藤美智子の各証言はいずれも措信し難い。

右事実によれば昭和三五年三月七日付退職願は原告の意思に基くものではなく、当時原告には被告会社を退職する意思のなかつたことが明らかであるから、被告が右退職願に基いて原告につき依願退職の手続をとるいわれはなく、原被告間には昭和三五年三月七日以降も依然として労働契約が存続し、原告は被告の従業員であるものというべきである。

三、原告の昭和三四年一一月二一日から同三五年二月二〇日迄の三ケ月間の平均賃金は一ケ月金一〇、三四三円であることは当事者間に争がないところ、原告本人尋問の結果によれば原告は就労する意思があるのに被告によつて依願退職の扱いを受けた昭和三五年三月七日以降就労を拒否されていることが認められるから、被告は原告に対し毎月末右平均賃金額の支払をなす義務がある。

四、よつて原告が被告の従業員であることの確認及び昭和三五年三月七日以降就労に至る迄毎月末金一〇、三四〇円宛の平均賃金の支払を求める原告の請求は正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤淳吉 村上悦雄 渡辺一弘)

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